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2009年11月18日 (水)

襦袢がアラビア語!?

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アラビア語」カテゴリの記事

コメント

襦袢がアラビア語期限とは知りませんでした。
今検索してみてもはっきりわからなかったけれど、
もともと着物は平安時代の貴族の下着の小袖を
上に着るようになったものだそうなので、重ね着するとき、
「下に着る専用の小袖」とか言ってたんですかね?
腰巻は必需品だったみたいですけれど・・・
平安時代のかざみって、庶民も使っていたのかしら。
謎ですね。

投稿: 藤原たかす | 2009年11月20日 (金) 12時59分

藤原たかすさん

たぶん、この襦袢というのが伝わったのは、宣教師が布教しに着てから
少したったぐらいなのでは?と思ってます。ので、江戸時代ぐらいに
言われ始めたのかな?とかとか。。一応、襦袢の前には肌小袖という
説があるのですが・・
もしかしたら、小袖と肌小袖とか似てるので襦袢を採用したのかどうなのか?
しかし、よく考えたらジュッバは上着となってるので、その場合、
着物が上着になるのだから・・襦袢は下に着るのですしねー
となると、着物が襦袢といわれてもいいのになーとか考えてたのですが・・
モロッコあたりの人がよく着ている、まさしくこのジュッバというのが
素材的に襦袢に似ていたので、そういわれたのかも知れないですね。
シロっぽくて薄い生地の服なので、ポルトガルの人は、モロッコ人あたりの
ジュッバを日本の襦袢と同じもののように見ていて、宣教師が日本に着て
襦袢をみてはジュッバ。ジュッバ言ってたのがうつったのかも
しれないですねーと憶測w

アーヤさん

なぜ、レタスが・・かぼちゃなんでしょうか!?謎です(笑)
ちなみに、南瓜は、南の瓜なので、確か原産がインドとか
そのあたりだそうです、胡瓜、胡麻などの、胡と付く漢字の野菜は
中央アジアあたりだそうです。レタスはたしか・・南米とかだったかな?
原産?なので、なぜ、エジプトでレタスがカボチャなのか
本当に謎ですw

>こういう話を聞くと、飛行機が無くてどんなに不便で遠くても、
>つながってるんだなぁって感動しますよね。


本当ですよ!シルクロードはすごいですよ!!って思いますねー
着物は結構、アラブ文化と深い関係があって、着物の和柄といわれる
柄も、本来ならインドやペルシャあたりの更紗の影響だといわれてるのですが、
この和柄が伝わった時代のインドやペルシャは確か・・
イスラーム支配下だったのではないかと思うのです。つまり
イスラームの偶像崇拝禁止のために、発達した、ツタや花の柄が
更紗に影響し、そして、それが日本の着物の柄になったのでは
ないかと・・そうすると、伝統的な日本文化の和柄がなんと
アラブと深い関係があるということになるのではないかなーと
思います。現に、一昔前の、アンティークといわれるぐらいの着物は
本当に色合いや柄が派手で、かわいいのですが、それが、
あちらの布の柄に似ている気がします。着物着ていて何度、アラブの
布のデザインとかを帯にしたらかわいいのにと思ったことか・・

投稿: マナル | 2009年11月21日 (土) 02時13分

はじめまして、歴史や民俗などを主に扱ってブログをやっています。

正倉院御物の多くは、ペルシャ由来と言う指摘もあります。

襦袢そのものが、言葉とともにきた可能性はあると思いますよ。

どういうわけか、古代日本にはペルシャからの来訪者がやたらといるそうですから。

投稿: cova | 2009年12月12日 (土) 13時45分

>襦袢そのものが、言葉とともにきた可能性はあると思いますよ。

他の方の情報では、一応襦袢の前の名前(肌小袖)があるので、
襦袢というのは後からのようです。まあ、正確な情報は
わからないのですが。

しかし、着物自体の柄などはご指摘のどおりペルシャあたりの
サシャが、日本に入ってきて和柄が発達したという話なのですが、

正倉院の時代あたりは、実は世界的にはイスラーム文明がどんどん
発達してきて、そして、中世にはイスラーム文明が世界の最先端に
なる時期だと思います。詳しくは09年3月8日の
輝かしい栄光の時代でちょこっとかいきました。
シルクロードの時代は、まさに、中心がアラブだったので、
着物には多大なる、アラブの影響が多いと思うのです。
まあペルシャとアラブは厳密にはちがうのですが、中世の時代は
ペルシャあたりも、アラブの勢力が収めていたりしたりするので、
大まかにアラブの影響と書きました。

投稿: マナル | 2009年12月13日 (日) 12時22分

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